相模は日本でも珍しく国府がはっきりと特定されていない地域で、様々な説があるが現在でも特定されていないようです。

国府というのは、昔の日本が律令制という制度で国を治めていた時代におかれたもので、いわば現在の都道府県庁のようなものを指します(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9B%B8%E6%A8%A1%E5%9B%BD)。

このことからも分かるように、今から1000年以上も昔の奈良時代や平安時代の頃から現在の神奈川県の辺りは相模と呼ばれていたようです。

実際にその頃のことを表した古文書や出土品などが色々と見つかっています。

国府ですから様々な書類などに表記されているはずなのですが、相模の場合は候補になる場所が幾つもあるために逆に特定するのが難しいようですね。

新しい文献などが見つかる度に今まで言われていた場所が間違いであった可能性が高くなるなどして国府の特定が難航しているようです。

もしかしたらこれだけ一つに絞ることができないということは相模には幾つか国府と同じような場所があったのかもしれませんね。