廃藩置県が行われる前は、日本の地名は現在の県名とは違った名前で呼ばれていました。
相模の国というのもその一つで、現在では神奈川県の辺りのことを指しますが廃藩置県が行われるまではこの地域は相模の国と呼ばれていました。
神奈川県という呼ばれ方をしたのは明治以降で、それまではとても長い間この地域は相模と呼ばれていたようです。
戦国武将などが好きな人ならば駿河の国や相模の国といった呼び方も御馴染みかもしれませんが、戦国時代のはるか昔から相模という呼び名があったそうです。
地理的には鎌倉幕府の本拠地のすぐそばに位置しています。そのためか鎌倉時代以降はほとんど北条氏一族がこの地を治めていたようです。
これは北条氏が鎌倉幕府を開いた源頼朝と非常に近しい間柄だったことからも良く分かると思います。
現在でも相模という地名を使うことはよくあり、横浜などの一部を除いた地域は現在でも旧相模地域などといった呼ばれ方をする場合もあります。